きつねの音楽話

老人性古本症候群を患った若者の徘徊ブログ

僕がギャラリーで出くわした珍事。

大きな部屋へ通されて、椅子に座った。

 

観客の前、広くとられた空間に老人が立っていて、その脇に、年齢はわからないが、おそらく三十代後半か四十代前半位の女性が正座をしていて、周りには色々と楽器、主に打楽器が置かれている。

 

老人が話し始めた。

どうやら老人はFさんの古くからの友人らしく、その場を借りてパフォーマンスをするようである。

 

 

一応言っておきますが、ギャラリーは本来こういう場所ではありません。

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この老人少し変わっている。

いや、少し変わっている人などその辺にごまんといるから、可なり変わっているといったほうがよい。

 格好から僕は始め女性かと思っていたが、声からして男性のようだ。

 

 

半分ほど白髪になって遠目には銀に見える髪が、後ろは長く垂れさがって背中の中程にまで達している。

が、前半分は片側の耳から目の上を通って反対側の耳まで、一直線に切りそろえられている。

 

膝の上まである長く真白いレースのヒラヒラしたワンピースのようなものに、黒いベストを着て、

下は、名前は知らないが、股下の相当深い黒いズボンに赤い靴下、サッカーシューズを履いている。

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こういう感じのものである。

 

 

そして手に能面をもっている。口もとの”にやり”とした若い女の面である。

 

 

 

僕は

・・・ふむ、能面を手に持っているから、どうやらこの人はお能の舞をやるようだ。奇抜な格好だが、これから着替えるんだろう。

と思っていた。

踊りだした老人

「これからやるのはですね、エチュードみたいなもので、最終日にもう一度やりますから、その時が本番です。今日は軽く20分位やります。」

 

どうやら今日は、本番に向けたいわばリハーサルらしい。

そう言って、長い髪を結んだ。いよいよ踊りだすようだ。

 

脇に座る女性が、よく小学生がつくる、海の音を再現するための長い”つつ”に砂利かなにかを入れたものを使って、

 ザー ザーー ザザーン

 とやり始めた。

 

 

老人は神妙な面持ちで、後を向き、伏せて、髪をほどいた。

そうして、服装はそのまま、能面を顔にあてている。

 

老人は髪を結んだ。

能面の紐を結ぶ。

 

そして老人は髪をほどいた。(僕はちょっと違和感を感じた。)

 

 

面をつけ終わって、老人は伏せたままこちらを向き、四つん這いでずりずりとこちらへ向かってきて、それから勢いよく踊り始めた。

 

 

・・・薄々感づいてはいたが、これはお能の舞ではない

全く異様な踊りである。

 

 

僕は、長い真白いレースのワンピースに黒いベストをきて、股下の深い黒いズボンに赤い靴下、それにサッカーシューズを履いて、能面をつけて、(でたらめに)踊っている老人をみていた。

結構機敏な動きである。

脇にいた女性は、色んな楽器を使って

かんかん、ぼよよ~ん、がりがり、ぽわ~

と奇妙な音を出している。

 

 

 

だめだ、だめだ、と思いつつもどうしようもなく、顔がほころびそうになる。

 

こんなものをあと20分も見せられるのかあ、と思ったところで周りの人の反応が気になって、見たが、僕のところからは表情がよくみえない。ただ笑い転げている様子はない。

 

僕は横に座っている先生を見た。

 

 

 

目をつぶっていた。

やっているほうは真剣で、こちらも真剣である

僕は

ああ、賢いなこれは。

笑いそうになるならみなければいいのだ。

と思って、あまりみないようにした。

 

能面をつけた老人は会場の向こう側まで行って踊っている。

とにかく激しい踊りである。

 

足をだんと踏みならしたり、手をぐにゃぐにゃと動かしたりする。

ただ全く型がみえないので、表現が難しい。

 

 

そんな感じで、20分間老人は踊りつづけた。

最後面を外して、お辞儀をした。

観客は拍手をした。僕も拍手をした。

 

「ありがとうございました。今日のはですね、絵画でいうデッサンみたいなものでですね・・・・・最終日もやりますから興味のある方は是非来てください。」

終わった、これで終わったのだ

終って観客はぞろぞろと動き始めた。

僕は、Fさんの展覧会を見に来て、たまたま居合わせたところを訳も分からず椅子に座らされたのだろうと、同情の念をもって見送った。

 

あとで先生と話したが、

実はあの目をつぶっていた時、眠っていたらしい。

前の記事に書いたが、先生は午前の番をしていたので、いつもより早起きをしたのである。

夢十夜の如き・・・などと言っていた。

 

別れ際先生が

「最終日搬出があるから、時間があればきてください。」

といった。

僕は先生のいうことはきくから、またギャラリーに行くことになった。

最終日、搬出へ

一週間の会期中三度も行くことは僕はめったにない。多くて二度である。

先生はFさんの展覧会には殆ど毎日通ったようである。

 

最終日、搬出の始まる一時間程前にギャラリーについた。

僕はまず三階に先生を探しに行ったのだが、いない。

ちょうどその時

ごーーーん、ごーーーん

と鐘の音がし始めた。

 

ああ、そうだ。”今日”だった・・・

いや、別に気に入ったわけではない。断じてそうではないのであるが、僕は走った。

早くしないと”踊り”が始まってしまう。

 

 

前と同じ部屋の前につくと、むりやり椅子に座らされた。

今回は前回より犠牲者観客がたくさんいる。

 

正座をした女性が、ご―――ん、ごーーーん、と鐘を鳴らしている。

が、あの老人の姿はみえない。

 

しかし、どしん、どしん、と、どこかから鈍い音がする。

それがどんどんはやまっていく

 

次の瞬間、

バターーーーーン!!!!!

という巨大な音とともに、部屋のドアから飛び出してきた。

前と同じ格好である。

 

僕は顔面の緊張を保つのに精いっぱいであったが、周りの人は、至って真剣な面持ちでみている。

唯一隣のおじさんの顔だけがちょっとゆるんでいた。

 

今回も相当激しい踊りで、途中僕の方へ近づいて来た時は、能面の迫力もあって少し怖いくらいだった。

途中、背中から後にばたんと倒れて、また勢いよく起き上がる場面があったが、それがかなりきつかったらしく、能面の下から

ハァ・・・・・ハァ・・・・・・

と苦しそうな息がきこえる。

いや、結構なご老体にも関わらずあれだけ機敏な動きができるとは、相当鍛えているに違いない。

 

踊り終わる頃には

ハァ――!ハァ――!

とかなり大きい音をだして苦しそうであった。

 

能面を外して終りである。

 

「ありがとうございました。

今日は、Fくんの展覧会おめでとうという気持ちと、版画のイメージを合わせて、それを踊りで表現してみました。

この辺ではこういう踊りはあまりないでしょうが、他の所ではよく行われるものなんです。・・・・」

 

僕はただなんの手がかりもなく踊っていると思っていたが、ちゃんと内容があったらしい。それに、他の所では踊られているとは、僕の知識不足であったようである。

踊り終って、着替えたのをみると、いたって普通の格好だったから、”あれ”は舞台用の衣装だったらしい。靴もはきかえていた。

おそらく東京あたりでは、人々の間で奇抜な格好に能面をつけて踊るのが流行っているのであろう。

調べてみたら、上に貼ったズボンはパリコレクションに登場してから流行ったらしいから、パリあたりかもしれない。

 

 

その日はそのあと搬出を済ませて、解散した。

搬出は搬入に比べれば楽な仕事であった。

念のため・・・

念のためもう一度いっておきますけれど、ギャラリーは美術作品の発表の場ですから、普通こういうことは起きません。

まあ、たまにこういう”変な”ことが起きるのが、楽しみの一つであるというのも否めないですが・・・

 

ギャラリーはみなさんの住む街にもおそらくたくさんありますから、機会があればのぞいてみてください。

作品をみるのも面白いですが、美術家の人と交流するのもなかなか面白いです。

またそのうちギャラリーについては書くことがあると思います。