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きつねの音楽話

老人性古本症候群を患った若者の徘徊ブログ

これはぞっとする…シューベルト/ゲーテの「魔王」をドイツ語で味わう

 

シューベルトの魔王は「野ばら」等と同じようにゲーテの詩にシューベルトが歌詞をつけたものです。

学校などで扱うこともありますから、聴いたことがある方も多いと思いますが、

今回はシューベルトの魔王をゲーテの書いた原詩で味わうためにドイツ語の歌詞とその意味を紹介します。

 

 

シューベルト作曲の魔王 Erlkönigを聴く

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魔王のなりたち

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ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832)

 

魔王はもともとゲーテの詩ですが、 Herderの訳したデンマークの物語詩に基づいて1782年につくられたものです。

Erlkönigという題はHerderの語訳で、本当ならElfenkönig(妖精王)とすべきだったようですが、しかしそれがかえってゲーテの詩想を刺激することになります。

Erleがハンノキを表しますから、Erlkönigで樹木の精の王を想像させたようです。

 

1815年、18歳のシューベルトはこのゲーテの詩に曲をつけました。

それが有名なシューベルトの魔王です。(D.328/op.1)

この歌の成立については、シューベルトの友人シュパウンが次のように記しています。

「1815年12月のある午後、そのころヒンメルプフォルトに父親とともに暮らしていたシューベルトを訪ねると、彼はゲーテの魔王を大声で読んでいた。彼は本を持って部屋野中を歩き回っていたが、そのうち急に座ってものすごい速さでこの曲を紙に書いた。」

 

同時代の作曲家レーヴェも1818年にこの魔王に作曲しています。(op.1)

シューベルト作曲・ゲーテ作詞魔王

ト短調、4分の4拍子 Schell(急いで)

馬が駆けるのを表現した三連音(ピアノの右手)の前奏に始まる。

登場人物は語り手、父親、子、魔王

 


Schubert - Der Erlkönig [魔王] (complete version.)

歌 フィッシャー=ディースカウ

 

ERLKÖNIG エルルケーニヒ(歌詞)

Worte : Johann Wolfgang von Goethe

 

Wer reitet so spät durch Nacht und Wind ?
ヴェール ライテット ゾー シュペート ドゥルヒ ナハト ウント ヴィント

Es ist der Vater mit seinem Kind ;
エス イスト デル ファーテル ミット ザイネム キント

Er hat den Knaben wohl in dem Arm,
エル ハット デン クナーベン ヴォール イン デム アルム

Er faßt ihn sicher, er hält ihn warm. ―
エル ファスト イーン ズィッヒャー エル ヘルト イーン ヴァルム

 

Mein Sohn, was birgst du so bang dein Gesicht ? ―
マイン ゾーン ヴァス ビルクスト ドゥー ゾー バング ダイン ゲズィヒト

Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht ?
ズィースト ファーテル ドゥー デン エルルケーニヒ ニヒト

Den Erlenkönig mit Kron' und Schweif ? ―
デン エルレンケーニヒ ミット クロン ウント シュヴァイフ

Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif. ―
マイン ゾーン エス イスト アイン ネーベルシュトライフ

 

„Du liebes Kind, komm, geh mit mir !
ドゥー リーベス キント コム ゲー ミット ミール

gar schöne Spiele spiel' ich mit dir ;
ガール シェーネ シュピーレ シュピール イッヒ ミット ディール

Manch' bunte Blumen sind an dem Strand ;
マンヒ ブンテ ブルーメン ズィント アン デム シュトラント

Meine Mutter hat manch' gülden Gewand.“
マイネ ムッテル ハット マンヒ ギュルデン ゲヴァント

 

Mein Vater, mein Vater, und hörest du nicht,
マイン ファーテル マイン ファーテル ウント ヘーレスト ドゥー ニヒト

Was Erlenkönig mir leise verspricht ? ―
ヴァス エルレンケーニヒ ミール ライゼ フェルシュプリヒト

Sei ruhig, bleibe ruhig, mein Kind !
ザイ ルーイヒ ブライベ ルーイヒ マイン キント

In dürren Blättern säuselt der Wind. ―
イン デュレン ブレッテルン ゾイゼルト デル ヴィント

 

„Willst, feiner Knabe, du mit mir gehn ?
ヴィルスト ファイネル クナーベ ドゥー ミット ミール ゲーン

Meine Töchter sollen dich warten schön ;
マイネ テヒテル ゾッレン ディッヒ ヴァルテン シェーン

Meine Töchter führen den nächtlichen Reihn.
マイネ テヒテル フューレン デン ネヒトリッヒェン ライン

Und wiegen und tanzen und singen dich ein.“
ウント ヴィーゲン ウント タンツェン ウント ズィンゲン ディッヒ アイン

 

Mein Vater, mein Vater, und siehst du nicht dort
マイン ファーテル マイン ファーテル ウント ズィースト ドゥー ニヒト ドルト

Erlkönigstöchter am düstern Ort ? ―
エルルケーニヒステヒテル アム デュステルン オルト

Mein Sohn, mein Sohn, ich seh' es genau :
マイン ゾーン マイン ゾーン イッヒ ゼーエス ゲナオ

Es scheinen die alten Weiden so grau. ―
エス シャイネン ディー アルテン ヴァイデン ゾー グラオ 

„Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt ;
イッヒ リーベ ディッヒ ミッヒ ライツト ダイネ シェーネ ゲシュタルト

Und bist du nicht willig, so brauch' ich Gewalt.“ ―
ウント ビスト ドゥー ニヒト ヴィッリヒ ゾー ブラオホ イッヒ ゲヴァルト

Mein Vater, mein vater, jetzt faßt er mich an !
マイン ファーテル マイン ファーテル イェッツト ファスト エル ミッヒ アン

Erlkönig hat mir ein leids getan ! ―
エルルケーニヒ ハット ミール アイン ライズ ゲターン 

 

Dem Vater grauset's, er reitet geschwind,
デム ファーテル グラオゼッツ エル ライテット ゲシュヴィント

Er hält in Armen das ächzende Kind,
エル ヘルト イン アルメン ダス エヒツェンデ キント

Erreicht den Hof mit Mühe und Not ;
エルライヒト デン ホーフ ミット ミューエ ウント ノート

In seinen Armen das Kind war tot.
イン ザイネン アルメン ダス キント ヴァール トート

 

日本語訳と解説

・英語に相当するものがあれば示します。

 

Wer reitet so spät durch Nacht und Wind ?

こんなに晩く夜と風の中馬を走らせるのは誰か

Wer who 誰か

・Wer の発音

現代のドイツ語ではrは多く母音化してヴェーァのような発音になりますが、歌では古い発音を保つのでヴェールと発音します。rのルは舌を震わせる音です。(以下同様)

ただし語によってもちろん発音のされ方は変わります。werのrは下のreiten等に比べると弱い音です。

reitet reiten馬で行くの三人称単数現在(以下三単現)

so spät こんなに晩く so late

durch through ~を通って

Nacht night 夜

und and

Wind wind 風

 

Es ist der Vater mit seinem Kind ;

それは子をつれた父親だ

es it それは

ist is ~である

der 定冠詞 英語のthe

Vater father 父

mit with ~と一緒に

seinem 彼の

Kind 子

 

Er hat den Knaben wohl in dem Arm,

彼は男の子をしっかり腕に抱いている。

er he 彼は 

hat has 持つ ドイツ語は進行形が無いのでこの場合はこれで抱えた状態でいることを表します。

den Knaben 子を

wohl よく、しっかり

in dem Arm in the arm 腕の中に

 

Er faßt ihn sicher, er hält ihn warm. ―

彼(父)は彼(子)をしっかりかかえ、あたたかくつつんでいる

faßt fassenの三単現 つかむ、つかまえる

ihn 彼を

sicher しっかり、確実に

hält haltenの三単現 保つ

warm warm 暖かい ドイツ語は形容詞が副詞になるのでこれで”暖かく”という意味になります。

 

Mein Sohn, was birgst du so bang dein Gesicht ? ―

むすこよ、何をおまえはそう怖がって顔をかくしているのか

mein my わたしの

Sohn son 息子

Mein Sohn 呼びかけ 息子よ

was what 何を

birgst birgenの三単現 隠す

bang 心配した、不安な

dein 君の、お前の

Gesicht 顔 

 

Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht ?

見えないの、お父さん、あの魔王が

siehst sehen見るの二人称親称現在

Vater 呼びかけ 父よ

du 君は、お前は 二人称の親称で、親しい間柄で使う

den Erlkönig 魔王を(日本語でいうと魔王が) ErlはErleで”はんのき”のこと。königは王

nicht not この場合はこれで「みえない?」となる。

 

Den Erlenkönig mit Kron' und Schweif ? ―

冠をかぶって、裾をひく魔王が?

Kron'=Krone 冠 

Schweif 衣服の後にひく長い裾

 

Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif. ―

むすこよ、あれは霧のすぢだ

Nebel 霧

Streif streak 縞、條

 

„Du liebes Kind, komm, geh mit mir !

ここから魔王の言葉

よいこや、おいで、わたしと一緒に行こう

Du liebes Kind 呼びかけ かわいい子よ、愛らしい子よ

liebes かわいい

 

gar schöne Spiele spiel' ich mit dir ;

本当に面白い遊びをしよう

gar 全然、全く

schöne Spiele よい遊び、面白い遊び。いいことをしよう位の意

ich I 私は

mit dir お前と

 

Manch' bunte Blumen sind an dem Strand ;

色とりどりの花が浜辺にたくさん咲いているよ

Manch'=Manche たくさんの

Manche bunte Blumen たくさんの色とりどりの花々

sind are

an dem Strand 浜辺に

 

Meine Mutter hat manch' gülden Gewand.“

うちのお母さんは金のお洋服をたくさんもっているよ

gülden=golden 金の

Gewand 雅語 衣装、衣服

 

Mein Vater, mein Vater, und hörest du nicht,

お父さん、お父さん、本当にきこえないの

hörest 二人称親称現在 きく

自分には見えているが、見えていないのかと念を押す感じがする

 

Was Erlenkönig mir leise verspricht ? ―

魔王が僕にこっそり約束するのが

Was ~のこと

mir わたしに

leise 静かに、こっそり

verspricht versprechenの三単現 約束する

 

Sei ruhig, bleibe ruhig, mein Kind !

Sei ruhig 静かにしなさい Be quiet.

bleibe ruhig 静かにしていなさい bleibenは状態の継続を表す。

mein Kind 呼びかけ

In dürren Blättern säuselt der Wind. ―

枯葉が風にざわめいているのだ

dürren 乾いた、枯れた

Blättern Blatter葉の複数形

säuselt säuselnざわざわいうの三単現

 

„Willst, feiner Knabe, du mit mir gehn ?

ここからまた魔王の言葉

かわいい子、お前は私と行くだろう?

Willst will ~する?

feiner Knabe かわいい子、美しい子

gehn=gehen 行く

 

Meine Töchter sollen dich warten schön ;

娘たちにもお前をもてなさせよう

Töchter Tochter娘の複数形 

sollen shall 魔王の意志があらわされて、娘たちに~させよう、の意。

dich お前を

warten 世話をする

schön よく 形容詞を副詞とする前述の用法

 

Meine Töchter führen den nächtlichen Reihn,

娘たちはお前の手をとり夜の舞おどり

führen 導く

den nächtlichen Reihn 夜の踊りを

Reihn=Reihen 輪舞

 

Und wiegen und tanzen und singen dich ein.“

そしてゆすって踊って、歌って寝かそう。

wiegen ゆする、ゆらす

tanzen dance おどる

singen sing 歌う

ein 中への意だが、ここでは眠りの中への意

 

Mein Vater, mein Vater, und siehst du nicht dort

お父さん、お父さん、あそこに見えないの

dort あそこ

 

Erlkönigstöchter am düstern Ort ? ―

薄暗がりの魔王の娘たちのいるのが?

am düstern Ort 薄暗い場所に

 

Mein Sohn, mein Sohn, ich seh' es genau :

子よ、むすこよ、よくみえているよ

seh'=sehe 一人称単数現在

genau 正確に

 

Es scheinen die alten Weiden so grau. ―

あれはね、古い柳がああいう灰色に見えているのだ。

Es これは形式上の主語で、本当の主語はdie alten Weiden 年老いた柳

grau gray 灰色

 

„Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt ;

私はお前を愛するよ、お前の姿がそそるのだ

reizt reizenの三単現 刺激する

Gestalt 姿、かたち

 

Und bist du nicht willig, so brauch' ich Gewalt.“ ―

お前が来ないというのなら、無理にでも連れて行く

willig ~する気がある いうことをきく

so それなら

brauch'=brauche を必要とする

Gewalt 力、暴力

 

Mein Vater, mein vater, jetzt faßt er mich an !

お父さん、お父さん、今魔王が僕をつかんだ!

an 手を伸ばす感じ

 

Erlkönig hat mir ein Leids getan ! ―

魔王が僕に痛いことをした

Leids=Leid 害、苦しみ

hat ~getan で~をした

 

Dem Vater grauset's, er reitet geschwind,

父はぞっとして、馬を速く走らせた

 

grauset's=grauset es ぞっとする

geschwind すばやく

 

Er hält in Armen das ächzende Kind,

うめく子を腕に抱いて

in Armen in the Arms ここでは複数になっている。

ächzende 呻く、呻いている

 

Erreicht den Hof mit Mühe und Not ;

やっとのおもいで家に着く

Erreicht erreichenの三単現 到着する

den Hof 庭に

mit Mühe und Not 疲れと困難と 大変なおもいで、からくも

 

In seinen Armen das Kind war tot.

彼の腕の中で、子供は死んでいた。

war was

tot dead 死んだ

 

おわりに

ちょっと怖い内容ですね。

僕も初めて詩を読んだ時に最後の行で

~ war tot.とでてきたときはぞっとしました。

初めの

~ihn warm.というところとwar totが対照をなして強い効果がありますね。

 

 魔王はちょっと怖いですが、ゲーテの詩には美しいものがたくさんありますから、興味がある人は是非読んでみてください。

 


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ドイツ語の原詩で読みたいという方には郁文堂の独和対訳叢書がおすすめです。

 


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全部で50くらい載せられています。

対訳でのせられている訳は逐語訳的なもので、美しくはないので、他のものと合わせて見るのもよいと思います。

 

シューベルトの他のリートについてはいくつか記事を書きましたから、興味があれば読んでみてください。

 

◆同じくゲーテの詩「野ばら」にシューベルトが曲をつけたもの。青春のうた

fuchssama.hatenablog.com

 

◆音楽に対する感謝を歌った「楽に寄す」

fuchssama.hatenablog.com

 

◆遠い故郷を想う「菩提樹

fuchssama.hatenablog.com