きつねの音楽話

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バッハのヴァイオリン協奏曲を聴く(バロック協奏曲の様式について)

 

 この記事は2016年3月10日から三回に分けて書いたバッハのヴァイオリン協奏曲についての記事を再構成したものです。

 これにあたり、それらの記事は削除いたします。

 

 バッハのヴァイオリン協奏曲は僕がもっとも長く親しんでいるもので、またそれほどに好きな曲でもあります。

 

この記事ではバッハ(バロック)のヴァイオリン協奏曲に関わって、

  1. バロックの協奏曲の様式
  2. バッハのヴァイオリン協奏曲

の二つを書きます。

 

バッハのヴァイオリン協奏曲を聴くにあたっての一助になればよいと思います。

 

 

バッハのヴァイオリン協奏曲とバロック協奏曲の様式

1, バロックの協奏曲の様式

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バッハ ヴァイオリン協奏曲第一番

 

バロックの協奏曲にはいくつか特徴がありますから、まずそれをみていきます。

1-1, 通奏低音(英 thoroughbass 独 Generalbaß 伊 basso continuo)

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バッハのヴァイオリン協奏曲第一番冒頭の通奏低音

 通奏低音はおよそ1600年から1750年(バロック時代)にかけて行われた特殊な演奏習慣をともなう低音のパートをいいます。

 

合奏のバスパート(通奏低音)は以下の二種の楽器で構成されます。

  1. 和音を奏しうる楽器(チェンバロ、オルガン、リュート等)
  2. 低音楽器(チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ファゴット等)

 

バスの上にどのような和音が奏されるかを作曲家は数字や記号で略記するのが通例でした。

※この略記法から”数字付低音”とも呼ばれます。

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ブランデンブルク協奏曲第五番の通奏低音

 

つまり和音楽器奏者はその指示に従って即興的に和音を充填しつつ、装飾や上声部の模倣を加えます。

※模倣(独 Nachahmung):動機や旋律を、そのすぐあとで同じ声部あるいは他の声部で繰り返すこと。

1-2, バロックの協奏曲

 ひとことに協奏曲といっても、時代によって違う形をもっています。

バロックの協奏曲で問題になる型は

  1. 合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)
  2. 独奏協奏曲(ソロ・コンチェルト)

のふたつです。

 

・合奏協奏曲では全体の合奏(トゥッティ、リピエーノ)に対して、一部の奏者が小さいグループ(コンチェルティーノ)をつくります。

つまり独奏楽器が複数あるということになります。

・独奏協奏曲は全体の合奏に独奏楽器(ソロ)が加わります。

 

バロックの協奏曲はふつう下図のような形をとります。

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第二楽章は第一楽章と別の調で書かれますが、全くランダムに選ばれるわけではなく、第一楽章で選ばれた調と関わりをもって選ばれます。

第三楽章は第一楽章と同じ調になります。

 

バロック協奏曲のほとんどの楽章はリトルネロ形式で書かれます。

1-3, リトルネロ形式

イタリア語でリトルノは”復帰”を意味しますが、リトルネロ形式では始めの部分で提示されるリトルネロ楽想が何度も繰り返されます。

 

循環するリトルネロ楽想の間には対照的な楽想(副楽想)がそれぞれ提示されます。

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リトルネロ形式の特徴は以下です。

1, 開始部分でリトルネロ楽想が、完全な形で、Ⅰ(主)調に提示されます。

2, 最後のリトルネロも完全な形で再提示されます。(まれにそうでない時もあります。)

3, 中間のリトルネロ(複数)は開始部分で提示されたリトルネロ楽想の頭部のパターンによって開始されます。(完全に再現されるとは限りません。)

4, 副楽想は各種の対照的楽想が提示されます。(副楽想が無い場合もあります。)

5, リトルネロ形式の後半部では、各局面の長さが短縮されることがあります。

 

リトルネロ形式は演奏される形態によっていくつかのタイプがありますが、協奏曲では原則として、

リトルネロ → 合奏(トゥッティ)

副楽想   → 独奏(群)(ソロ、コンチェルティーノ)

の形で演奏されます。

 

リトルネロ形式の楽曲では、音の運動の変化だけでなく、合奏と独奏の交代による音色や音の強さのコントラストが大きな効果を生みます。

 

また、リトルネロ形式はフーガと結合することがありますが、フーガの説明はここでは出来ないので、そういうこともあると書くにとどめます。

2, バッハのヴァイオリン協奏曲

バッハのヴァイオリン協奏曲はほとんどが1717年から1723年頃、つまりケーテン時代に作られたもののようですが、かなりの数が散逸してしまったようです。

 

現存するのは

BWV1041 ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調

BWV1042 ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調

BWV1043 2つのヴァイオリンのための協奏曲 二短調

3曲だけです。

 

上二つは独奏協奏曲ですが、2つのヴァイオリンのための協奏曲は名前の通り、2つの独奏ヴァイオリンが活躍する曲で、これはつまり合奏協奏曲になります。(ドッペルコンチェルトと呼ばれることもあります。)

 

 バッハはケーテンからライプツィヒに移ったのちヴァイオリン協奏曲等をチェンバロ用に編曲していて、散逸してしまった協奏曲のうちチェンバロ協奏曲として残っている曲もあります。上の3曲のヴァイオリン協奏曲もまたチェンバロ協奏曲のかたちで残っています。

 編曲に際してどこを変えたのか注意して聴いてみると面白いです。

以下は曲のつくりを少しみてみます。

2-1, ヴァイオリン協奏曲第一番


J.S. Bach "Violin Concerto BWV 1041" Henryk Szeryng

ヴァイオリン シェリング

第一楽章

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冒頭のリトルネロ楽想

ソロヴァイオリンは自由に振舞うので、ファーストヴァイオリンを聴くとリトルネロの循環がわかりやすいです。

 

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イ短調で始まった楽想はホ短調で終止して、ソロが入ります。

リトルネロはリズムが強く厳しい調子ですが、ソロは気品があって美しい。

このソロや、伴奏もすべてリトルネロからとられているようにみえます。

 

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ソロが反復進行をしながら華やかに進んでいきますが、伴奏はやはり曲頭の動機をもちいてつくられています。

※反復進行(英 sequence 独 Sequenz):短い楽句が、音高を変えて同じ形で繰り返されること。

 

黄の部分リトルネロ楽想が主調で戻ってきていますが、すぐに別の楽想へ

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そして今度はリトルネロ楽想がハ長調で現れます。

普通、このように、リトルネロ楽想は転調されて幾度か現れます。

 

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黄の部分リトルネロの合間に短いソロが入ります。

 

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このリトルネロはまたホ短調で終止して、始めに現れた副楽想が今度はホ短調で現れます。

第三楽章

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フーガ風のリトルネロ楽想

黄の部分がフーガ主題

 

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その後副楽想へ

調子は厳しいが、表情は豊かで、どこかユーモアのあるような楽想。

 

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後半のリトルネロ主題

ほとんど打ち切られたように副楽想へ入ります。

 

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ソロヴァイオリンが華やかに歌ったあと、開放弦(黄の部分)を使った見せ場。

リトルネロで現れたリズムが浮き出るようになっています。(下画像の黄の部分)

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2-2, ヴァイオリン協奏曲第二番


BWV1042 Violin Concerto No.2 in E Arthur Grumiaux 1978

ヴァイオリン グリュミオー

 

第一楽章は曲の頭かなり長い部分が、後半もう一度繰り返されます。

形式はリトルネロで一番と同様、トゥッティとソロの交代で成っています。

第三楽章

ロンド形式

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この曲頭の主題が、同じ調、同じ形でなんども再現されます。

2-3, 2つのヴァイオリンのための協奏曲


Bach Double Violin Concerto - Yehudi Menuhin And David Oistrakh (sound HQ)

ファーストソロ メニューイン

セカンドソロ オイストラフ

 

全曲を通して、模倣が使われている対位法的な曲。

第一楽章

フーガ風のリトルネロ

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黄色部分がフーガ主題

 

その後さらに主題がくりかえされて、ソロへ

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ファーストソロをセカンドソロが模倣

 

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ソロがからみあうように歌うところにリトルネロ楽想を動機とした伴奏がつく

第二楽章

フーガ風

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穏やかな伴奏の上で二挺のヴァイオリンがたがいに模倣しつつ非常に美しい音楽をつくります。

第三楽章

カノン風

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ファーストソロをセカンドソロが模倣していきます。

 

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リトルネロがおわってからもファーストソロをセカンドが同じように(同度で)模倣します。

 

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第一楽章と同じようにリトルネロを動機とした伴奏が入ります。

が、ここでは伴奏というより、むしろこれが主役といえるかもしれません。

バッハのリトルネロ

こうしてバッハのヴァイオリン協奏曲をみていると、上に書いたようなリトルネロの形を一応はとっているものの、複雑に発展していることがわかります。

いくつかあげると、

 

 ①リトルネロ楽想が、ソロを挟むなど、装飾・拡大されることがある。

 ②副楽想にリトルネロを動機とした伴奏がみられる。 

 ③フーガ風やカノン風のものもみられるが、リトルネロと結びつくことによって、独特の形をつくっている。

などです。

 

特に②、副楽想のリトルネロをモチーフにした伴奏ですが、本来副楽想は”対照”部ですから、リトルネロと異なる要素が用いられて、対照せられるはずですが、バッハはむしろふたつを融合するような書き方をしているように思われます。

そうすると①も、リトルネロはトゥッティ、副楽想はソロという原則を破る方向をとっていると考えられます。

これらがあるため、バッハのヴァイオリン協奏曲は、”簡潔”よりは”複雑”、”平易”よりは”難解”です。

少なくとも僕にとっては、どういう根拠というか”曲の動力”があってそうなるのかわかりにくい部分があります。

 参考文献&CD

以下は参考文献と参考にしたCDをあげます。

 

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Violin Concerto No. 1 in A Minor, BWV 1041: I. Allegro

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 ↓名前が間違っていますが、2つのヴァイオリンのための協奏曲です。

Violin Concerto No. 2 in E Major, BWV 1042: I. Allegro - Adagio - Allegro

Violin Concerto No. 2 in E Major, BWV 1042: I. Allegro - Adagio - Allegro

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 2つのヴァイオリンのための協奏曲第二楽章

Violin Concerto No. 2 in E Major, BWV 1042: II. Adagio

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バッハのヴァイオリン協奏曲の思い出

 僕が初めてバッハのヴァイオリン協奏曲を弾いたのは、まだヴァイオリンを始めて間もない頃で、ほとんど何もわからないような状態で、突然楽譜を突きつけられたのだった。

後で先生にきいてみると、先生なりの考えがあったらしい。今になってみれば別になんということもないし、当時の僕はそう感じていなかったのだが、相当な苦労だったことは間違いない。

僕は「2つのヴァイオリンのための協奏曲」の楽譜とヴァイオリンを背負って、先生の家のあった山の中腹まで毎週あがっていった。冬の大雪の降ったときなんかは足をずぶずぶ雪に沈めながら、一生懸命あがっていった。

 

先生の家は僕の家から歩いて1時間か、もう少しかかるところにあった。学校があるときは学校から直接向かうわけだが、放課後に模試などが入ると、レッスンの時間に間に合わなくなってしまう。

僕は”模試”なんてものは全くくだらないと思っていたから、出発時間までは机に座って、まあ一応問題を解いてみる。

そして、時間がきたらそそくさと席をたって、教室のうしろにおいてあるヴァイオリンをとりにいって監督の先生にこういうのである。

「用事があるので帰ります。」

 

先生はどう思ったか知らない。

実際しかりつける先生もいたと思うが、僕としては大まじめだった。

僕にとっては模試なんかよりも、ヴァイオリンのレッスンのほうが重要だった。人生の課題だった。

ズスケのCD

クラシック音楽のことなど殆ど知らなかった僕は、知らないし、また特別の興味もなかった。

別に興味がなかったわけではない。一般の人に比べれば興味があったのは間違いない。

ただ僕はクラシック音楽が好きというよりはヴァイオリンを弾くのが好きだったのである。

 

ところがその肝心のヴァイオリンはなかなか上達しなかった。

僕は、楽器をやっている人が普通するように、CDを聴いてみることにした。

先生からズスケのCDを借りたのである。

バッハのヴァイオリン協奏曲

正直にいって僕は「2つのヴァイオリンのための協奏曲」が好きではなかった。

音楽が難しすぎたのである。

今でこそ多少の知識があるからどういうものか少しはわかるが、音楽初心者にとって度を超えて難解だった。

ただそれでもとにかく懸命にやっていたから、いや本当によく頑張ったと思うが、10か月ほどで全三楽章を終えた。

 

2つのヴァイオリンのための協奏曲を終えた僕はレッスンに行くのをやめることにした。

受験とかいう面倒事に、人並みに煩わされて、そうする他なかったのである。

僕はヴァイオリンが弾けないから、代わりに音楽を聴いた。

そのころになるとバッハの独特な調子にもなれてきて、段々わかるようになってきたが、わかるようになると同時に、目を見張るようになった。

ヴァイオリン協奏第一番が非常に美しく、また面白いということに気がついた。

 

そしてレッスンを再開することになったとき、あわれなるかな、今度は自分からバッハ地獄に乗りこんでいくことになった。