きつねの音楽話

老人性古本症候群を患った若者の徘徊ブログ

ゆとりの蕁麻疹(じんましん)、うちのクロちゃん

僕の体調がもっとも優れないのは春先である。

春というのは一番よい季節だと思うのだが、その急激な変化は身体にとって中々負担になるらしいのである。

 

僕は、年中病気をしているというほどでもないのだが、もともとそれほど体が強い方でもないので春先は特に病気がちで、今年もまた体調が優れなかった。

 ゆとりの蕁麻疹

風がようやく肌を刺さなくなってきたある日の夜、僕は急に腕がかゆくなって起きた。

寝ながら搔いていたようで、ひじの内のところが赤くなっている。

寝ぼけながら腕を流水で冷やす。かゆいときは冷やすに限る。

 

どうにかその時は眠りについたのだが、次の日からが酷かった。

朝になると腕から始まったかゆみは背中に広がっていた。

寝ながら搔いたところが特に酷く赤くはれ上がっている。

 

これは専門用語で膨疹(発疹のひとつ)というらしいのだが、蕁麻疹の症状である。

蕁麻疹というのは免疫の異常で皮膚が腫れ、かゆみがでるのだが、原因はほとんどわからないものらしい。

なんだがわからないがとにかく腫れて、とにかくかゆい。

これが蕁麻疹である。

ちなみに蕁麻疹というのは、蕁麻(いらくさ)に触れたときの症状ににるところから来ているらしい。

 

服を脱いで姿見に背を向けて首をぐにゃりとまげると、背の下部が真っ赤になっているのが見える。

背中に広がった蕁麻疹は徐々に脚のほうへ伸びていくよう。

どうも酷くなっているらしい。

 

これは酷いやと思ってよく腕の患部を観察してみる。

ひじのあたりが特に赤く広く腫れて、その周りにぽつぽつと赤みが点在している。

じっとみているとなんだか地図のように見えてきた。

赤いところが大陸か、半島で、ぽつぽつは島である。

・・・どうやら僕の右腕はギリシャ付近らしい。

エーゲ海に浮かぶクレタ島が見えて、哲学の匂いがする。

 

かゆくて酷いけど、よく見たら面白いじゃないかと思って僕は特に何もせず放っておいた。

医者には行かない。

 

 

そのうち蕁麻疹は大腿に広がった。

面白いのは左右で同じ範囲に広がるところである。体の真中に鏡をおいて片方の足を映したようになっている。

手から背中、脚へ広がるころには、体の前半分そして首にも発疹ができた。

脚の大陸はじわじわ足先のほうへ隆起していく。

 

一日外にでて帰り、着替えるのに服を脱ぐと衣服のすれたところがより酷くなっている。

 特に靴下に圧迫された部分は血が出たように真っ赤に充血している。

ぱっと見ると足が血にまみれたようである。

これは凄いなと思ってそのままにした。

 

 

勢いよく表れた新大陸は一週間もするとアトランティスのごとく消え去った。

僕は一般感覚だと明らかに病院へ行く症状がでても放っておくのだが、今度のは我ながらなんともゆとりある処置であった。ありあまるゆとりである。

病気がでて無反省に医者に薬剤を処方してもらうのは洗濯物を洗濯機に放り込んだり、車で近所のコンビニに行くのと同じで、ひとつ省略がある。

 

最後に注意しておくと膨疹が気道にでると窒息死する可能性があるから酷い蕁麻疹を放置するのは薦められた処置ではない。

僕はこれを考えてちょっと恐ろしくなったが、まあいつかは死ぬし、死んだら修行しなくていいし、それはそれでいいかなあと思ったので放っておいたのである。こういう考えの人以外は病院へ行ったほうがいいかもしれない。

うちのクロちゃん

春先の、ある晴れた休日の朝であった。

ふと庭を見ると芝生の中を何かが歩いている。

黒い。

 

ちょっと見るとペンギンのようである。

体を左右に揺らしてよたよた歩いている。

首はほとんどなく頭が体にうずもれて、尾羽は短い。

大きさもだいたいそれくらいに見える。

 

しかしこんなところにペンギンがいるはずもない。

見たことない鳥かとも思ったが、どうやらカラスらしい。

けれども、カラスにしては随分小さい。風貌は上の通りである。

 

よたよた芝の中を歩き回って、草の種や蟲をつついている。

よくみると生えそろわない羽々の中から一本、羽毛が寝癖のごとく飛び出している。

どうも間抜けだ。

しかし、悧巧で人に嫌われがちなあのカラス達から比べると愛嬌がある。

心配になってくる。

気づくとそのカラスはいなくなっていた。

変な鳥がいるもんだなあと思った。

 

それで終るはずが、数日後また現れた。

また来たと思えば、いなくなり、そしてまた来る。

そのうちにそのカラスは”うちの”クロちゃんと呼ばれるようになった。

ゴミを荒らすカラスには箒を振り回すところが、そのカラスには

「今日はうちのクロちゃん来てるかなあ」

「ごはん食べられてるだろうか」

という始末である。

 

ある日庭にクロちゃんが来た。

観察していると、暫く種や蟲をつついたあと芝から歩いて出て行った。

庭を出て前の日の雨でできた道路の水たまりに向かって行き水を飲んでいる。

水を飲み終わったあとまたてくてくと向うへ歩いていった。

クロちゃんは飛べないようだった。

 

飛べないクロちゃんは僕のところの芝に歩いて来る。そして歩いてまた別のところへ行く。

徒歩出勤である。

おそらくクロちゃんはよたよた歩いておよそ決められた路を毎日通っている。

そのうち噂で近所の家にも現れることを聞いた。

その家ではパンくずなんかをやっているらしい。

きっと他にも餌をくれる人がいるだろうから、そういう人のところや餌のある庭を廻っているのだ。

 

飛べなくてもこの辺は庭や畑が多いし餌をくれる人もあるし生きていけるかもしれないと思っていたのだが、クロちゃんはある日以来こなくなった。

飛べない鳥にどんな危険があるか、ちょっと考えたくないが、とにかく生きていくのは難しいだろう。

でも、来なくなっただけでどうなったかはわからない。

うちへ来ないだけかもしれないし、どこか別のところへ行ったのかもしれないし、あるいは歩き回らなくても済む身分になったのかもしれない。

僕は、たまにあの不細工で愛らしい格好を思い出して、今も元気によたよたやっていればいいなあと思う。