きつねの音楽話

老人性古本症候群を患った若者の徘徊ブログ

モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番を聴く(おすすめ楽譜その他)

 二月ほど前にモーツァルトのヴァイオリンソナタの楽譜を買って弾き散らかしていることを書きました。

fuchssama.hatenablog.com

 

 その後第二巻(ペータース版)を買って引き続きソナタを弾いていました。

第一巻に収められている曲(『大切な人を失った悲しみ(モーツァルトのヴァイオリンソナタ第28番その他)』参照)はピアノに重点があるからか、ヴァイオリンパートは易しいもので、ざっと弾いてしまえたのですが、第二巻に収められている曲(K.236から403までに含まれる数曲)は技術的に難しいところが増えて・・・

技術的にというか、まあもっと的確にいうと”弾きにくい”ところが多くてなかなか難しいものです。

 

で、その第二巻を買ったときにヴァイオリン協奏曲第5番の楽譜も買いました。

モーツァルト作曲ヴァイオリン協奏曲第5番《トルコ風》

 この曲は最近書いたこの記事でも紹介しました。

fuchssama.hatenablog.com

おすすめCDなどはこの記事を参照ください。

楽譜はどの出版社のものを選ぶ?

楽譜を買うときに毎回発生するこの問題、今度も相当悩ませてくれました。

ソナタの楽譜を買ったときと同じように、楽器屋の店員(職人)さんにどういうものが売れているか、どういうものを選ぶとよいかを聞いてきました。

 

僕はものを買うときに売れ筋のものを選ぶというのは好きじゃないんですが、楽譜は売れ行きが多少参考になるんじゃないかと思います。大体が”先生の指示のもと”で買いますから。

 

まず店員さんがいうに

モーツァルトの協奏曲の楽譜はカデンツァで選ぶことが多い

ということでした。

僕がモーツァルトの第5番で思いつくカデンツァといえば、やっぱりヨアヒムのもの(上の記事で紹介したグリュミオーが採用しているカデンツァ)

 その時点ですでに二種ほどに絞られました。

 

あと売れ行きでいうと、

ショット版

 

ベーレンライター版

 のふたつがいいみたいです。

一応書いておくと、フレッシュ版はおすすめしないそうです。

 

ヨアヒムのカデンツァを採用しているのは

ヨアヒム編のシャウアー版

 

ガラミアン編のインターナショナル版

 

 ヴァイオリンの場合運指(指使い)、特に運弓(弓使い)で弾き心地や、出る音、きいた感じが大きく変ってくるので、どういう風に編集してあるかというのは結構大事なことです。

あと僕の場合、どのように編集してあるかで、ヴァイオリンの技術、表現を学ぶので特に先生についていない今、原典版を選ぶことは避けました。

ただあまり自由に編集してあるものだとアーティキュレイション(articulation)が原典からかけ離れていたりするので、それも避けたい・・・

 

この二つの版を比べてみるとロマン派時代のヨアヒムのもののほうが、よりヴィルトゥオーソ的なというか、少ない労力で大きな効果を得るというか、そういう傾向が見られるような気がしました。

例えば第一楽章はじめ、

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こういうフレーズに、

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このようにスラーをかけていたりします。

この前ふたつにスラー後ろ二つがスタッカートというのは古典派の名物みたいなものですが、これを前後スラーで結んでしまうというやりかたは僕は好きではありません。

上の通りに

タタタラタタタ

と分けて弾くとまあ忙しいわりに綺麗に弾くのが難しいんでしょうが、僕はむしろそう弾くことに意義を感じます。(気味のよい感じがする)

最近はもしかすると古楽の影響もあって、ヨアヒム編のように弾く人は少ないのかもしれません。

 

ガラミアン編の方はもちろん原典どおりではありませんが、ヘンレなどと比べてみると大方原典に従っているところが多く、フレーズと弓使いの関係なんかで、スラーがかけられているとかその程度の編集のようです。

というわけで、僕はインターナショナル版を選びました。(ちょっと高いんですが)

Printed in (Made of) USAのものを選んで買うということはあまりないんですが、いいものはいいもの・・・

 

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上にも画像があるんでわかりましょうが、真っ赤(やや朱がかった)な表紙です。

 

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ソロ譜が別になっています。

曲について

以上ちょっと専門的で、楽器をやらない人にはつまらない話だったかもしれません。

以下は曲の中身について書きます。

 

モーツァルトの協奏曲についてはこの記事に詳しく書きました。

fuchssama.hatenablog.com

協奏曲は特に第一楽章、協奏風ソナタ形式やカデンツァなど特殊な形態をもつので、多少形式を知っておくと楽しく聴けると思います。

 

YouTubeの動画を貼って置くので以下聴きながらどうぞ


Mozart - Violin Concerto No. 5 in A, K. 219 [complete]

カデンツァはヨアヒムのもの(2楽章は縮小されたもの)

 

この記事を書き始める時に手元にある文献に多少あたったのですが、この協奏曲がすばらしいことと作曲の経緯がよくわかっていないということしかわからず、特に目新しいことは知られませんでした。

図書館で片っ端から関連資料を探すとかしないとだめですね。

 

聴いていて思うのは当時の流行なのか、モーツァルトの手腕によるのか、三番もそうですが、形式がちょっと変っている。

第一楽章

まず冒頭

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ソロの入りを聴けばわかりますが、この音型は第一主題ではありません。

提示部なのに主題を提示しないということになりますが、

実際は予備提示部で提示された主題をソロが無視して新たな主題を提示するといえるのかもしれません。この現象はヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲でもみられます。

あとこの部分の特徴としてはヴァイオリンⅡとヴィオラのいわゆる”キザミ(刻み、トレモロ)”です。

面白い効果がありますね。

 

予備提示部がおわってソロがはいりますが、そのままの流れではいるのではなく、Adagio(アダージョ)ゆっくりになります。美しい部分

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ソロに耳がいきますが、伴奏のヴァイオリンが絶妙な効果を発揮しています。

このソロのラドミという音型はイ長調の主和音でもっとも単純な音ですが、これが第一主題の骨格をなします。

この部分は次にこう続きますが、

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このソのナチュラルがはやくもはっとするような効果をもっています。

この音は呼び提示部ですでに・・・こんな細かく見ていると終わらないので駆け足で見ていきましょう笑

 

第一主題

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みるとラドミだけでできていますね。

それでもモーツァルトにかかると不思議なことに音楽になります。

僕はこの主題が本当に不思議に思います。

音型をみるとヴァイオリン弾きとしては弾きづらそうな変わった主題な感じがするのですが、これが音になると絶大な効果を持っている・・・

こんな喜びに満ち溢れた音楽というのは他にありません。

 

第一主題を提示し終わると新たな主題がでてきます。

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ここは典型的な対話(dialogue)の部分でモーツァルトの音楽の愛すべき特徴です。

対話は基本的に男女のやりとりに例えられましょう。

しかしこの対話は僕の感じとしては性質の似たもの同士のやりとりで、第3番にある対話の方が男性的、女性的がわかりやすい。

まあでも始めにでてくるのが男性で、後が女性でしょう。(みなさんはどう思います?)

これだと元気のいい若い男女(というか少年少女)が張り合っている感じです。

 

予備提示部からすると次にくるこの音型が第二主題といえそうです。

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が、どうもこの時期の曲はその辺がはっきりしないんで、どれがどうと考える必要もないのかもしれません。

上の対話がすでに完全にホ長調ですからね。

 

中間部短い展開部があります。

嬰ハ単調の暗い雰囲気の部分ですが、胸を打つ美しさがあります。

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再現部に入る前にヴァイオリンの輝かしい導入があります。(書かれたアインガングEingangといえるのかもしれない)

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第一主題部の再現は途中ちょっとした変化をつけていますが、これがまたすばらしい手腕

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左の黄の部分が第一主題ではさらに続いているのですが、ここではこのように軽く収めています。

そして右の黄の部分が挿入されているのですが、これは予備提示部で使われていた音型です。

そして元のように続きます。

 

第二主題も続き、この楽章一番の盛り上がりがありますが、

ここはおそらく当時としてはヴァイオリンのもっとも高い音が使われています。

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第3楽章

全部書いていると長くなるので第2楽章は省略しますが、実に詩的で美しい曲です。

 

第三楽章はこの曲の副題になっている”トルコ風”の部分がある楽章です。

メヌエットのテンポによるロンド形式で

主題はまずソロによって提示されます。

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この主題はロンド形式ですから、何度も回帰しますが、ちょっとずつ変化するのでそれを楽しみます。

僕はいつもこの主題のドーレミードー”ファッ”・ラーソー

のFis(ファのシャープ)が恐ろしい音だと思って聴いていました。

全く突然飛び出る音で、この音をどうひくかというのが難しいでしょう。

あとはロンド主題の合間合間に挟まる”エピソード”がどんなものか聴きます。

で、そのうちのひとつがトルコ風

 

この部分ですが、雰囲気が急にかわるので聴けばすぐにわかります。

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この音型など、不気味で恐ろしい感じがします。

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おわりに

トルコ風の音楽が入って楽しい雰囲気の第3楽章も終りに近づくと、どこか哀れな感じがして、胸の締め付けられるような気分があります。

モーツァルトは19の年に第5番までを一息に書いてこの曲で一気にヴァイオリン協奏曲を完成させてしまいました。

それを思うと毎度毎度衝撃驚愕感激驚嘆嘆息・・・

 

モーツァルトの後期晩年の作品は芸術的にもっとも素晴らしいものですが、この若いモーツァルトの純粋な音楽、楽しい音楽があるからモーツァルトは誰にも愛されるのだと最近思います。

逆に、天賦の才を持ったこの若い音楽家に晩年のああいう曲を作らせるということを考えると世間の厳しさというのは酷なものだと思われるのです。