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きつねの音楽話

老人性古本症候群を患った若者の徘徊ブログ

やきもの市で安い茶碗を買った話

いくじつか晴れの日がつづいて、いよいよ春らしくなってきたと思ったけれど、街へ出かける日に限って雨がふる。

しとしととふる雨はまだ冷ややかな空気と相俟って、これから春がくるというのに冬に向かう秋の日のようだった。

 

傘をさすと傘にしずくがついてどうも持ち歩きにくいから、少しの雨で傘はささない。

丈の長めのコートを羽織って外にでた。

 

 椿のうつわ

バスを降りると雨を避けて、百貨店の地下へもぐりこんだ。

いわゆるデパ地下の、繁華なところを通り過ぎて地下道へでる。

その出てすぐのところで催しがあった。

こちらは~本日から開催の~やきもの市~

などと呼子の高くよく通る声が響いている。

僕は時間がなかったから、なんとなくその場を眺めて地下道を進んだ。

 

やや遅れて喫茶店につくと、もう先生は席についていた。

遅れましたと言って、みると卓上には水と手拭だけあってまだコーヒーが来ていないから、先生もすこし前に着いたらしい。

少し経って店員のOさんが水と手拭をもってきてくれた。

Oさんはいつも水と手拭をもってきて、こんにちはいい天気ですねとか、寒いですねとか一言の挨拶をくれる。

Oさんは僕のとそれからすでにある先生の分の水と手拭も余分に持ってきた。

先生が

わたしの分はあります。

というと、Oさんは

ああ、そうでしたか

といって下げようとした。すると先生は、

水はもうひとつもらいましょう。手拭はありますから要りません。

といった。

 

先生は新聞を読み、僕はドイツ語を眺めていた。

最近僕の外国語の、というか国語もそうかもしれないが、読み方は大きく変ってきて、語学を始めたころの神経質な、化石を刷毛をつかって発掘するような読み方のかわりに、もっと大雑把でしかしある程度緻密で、そして粘り強いものになった。

方法が変ったというよりは、すでに化石の発掘はおわって、その出土した化石を諸角度からよく観察するようになったというに近いのかもしれない。

辞書の使い方も多少はうまくなった。

まあつまり先生が新聞を読んでいる間僕はねばりづよくドイツ語を観察していた。

 

暫く格闘しているとギャラリーの方から、けたたましい声が聞こえてきた。

聴いているとあまりに大仰な話ぶりなので、話が盛り上がっているのか、あるいは烈しく言い合いをしているのかわからないくらいだった。

あの、例のなんとかさんがいらっしゃるようですね。

誰かいます。

このけたたましい声

あ、Iさん?それあまずい。

先生なにかまずいことがあるらしい。

 

ほどなくして喫茶室のほうにIさんがやってきた。

先生~!といい寄ってくる。

やあ、Iさん。実はねえ携帯電話を落としてしまったんです。

そうでしたか~!警察に届けましたか!

ええ、警察には届けたんですが、見つかってないんで、それで電話できませんでした。私はよく電話をなくすんでね、もう前科三犯です。

私も前科ありますよ~!、と前科合戦が始まる。

何かわいわい話しながら、僕らの隣に席を占めた。

先生!空海の本たくさん読んでます!空海のものは難しいから、空海のことが書いてある本を8冊買いました!!!・・・

私クイズを作ったんですよ!英語でいうと、この世界を支えるもの、日本語でいうと、この世界を見渡すもの!わかりますか!中学英語ですよ!!・・・

などと、とにかくうるさく喋りまくる。

先生は、アトラスとか、米ソの偵察衛星とか、全く適当でクイズにそぐわない答えをかえす。

そのうちに、

わかる!?

と急に矛先が僕に向けられた。

英語でいうと、この世界を支えるもの、日本語でいうと、この世界を見渡すもの!

僕はクイズの意味がわからないので、

全部日本語に聞こえるのですが・・・

といった。

英語と日本語で発音が同じになるの!!わかる??中学英語なのにわからないの!!??中学校行ってないの!!???

と他人を見下すような発言をしたところで、喫茶店のママが、

Iさん、勉強してるんだから邪魔しちゃだめ、こっちにおいで

と止めにはいった。

それでひとまずは収まったものの少し経ってまた、

先生、新しい文字をつくりました!!

などといって隣に座る。

ママがまた止めてくれたが、結局先生はIさんの作った新字の講義を”3分だけ”という条件つきで受けていた。

 

言外にいうことが多すぎて一度読んだだけではさっぱりわからない文章を少々読んだあと、閉店までやや時間があったのでギャラリーを見ることにした。

その日は装飾・宝石展だった。

眺め始めるとすぐにみせの人が話しかけてくる。

それはアフリカの一部でしかとれないものなんですよ。

展示する側にはもちろん色々な人がいるが、特に丁寧に教えてくれる人だった。

僕は装飾品のことはよくわからないが、宝石を単純に美しいとは思う。

 

先生は僕に気遣ってIさんを遠ざけてくれていたが、ロシアで採れる秘宝のことを教えてもらっていたときにIさんが先生をひっぱってやってきた。

私が買った宝石をみてください!!

どうやら宝石を買ったらしい。よくよくみるとIさんは全身宝石や装飾品にまみれている。

僕の静かな授業の時間はIさんの喧騒に消えてしまった。

 

 

ママがもう話しをやめて帰りなさいといってくれたおかげで、ようやく僕らは帰る仕度ができた。

店をでると、傘をささなければならないくらい雨が強くなっていた。

先生はいつもビニール傘をもっている。

僕のは”由緒正しい折りたたみ傘600円”で、これは北鎌倉の円覚寺にいったとき雨にうたれて買ったものだ。

傘をさしながら、今日来るときに地下でやきもの市をみましたと僕がいうと、やきもの好きの先生はすぐに、いってみましょうといった。

 

このやきもの市は”波佐見焼”を集めたものだった。

波佐見は長崎にあって、厳密にいえば違うのだろうが、有田焼と一緒にされることもあるものである。

このやきもの市は骨董市ではなく、廉価なやきものを雑多に集めておいてあるのだが、それでも一つひとつみているとなかなか面白いものだった。

こういう安い焼き物はいまは機械化が進んで、絵付けも手書きではなく、印判というらしいが、とにかく、同じ器はほぼ同じ柄なのだが、それでも一つひとつ微妙に違うのだ。

先生と、これはいいとか、これはいまいちだとか勝手に評価していって、ひとまわりした。花柄、それも椿のものがおおい。

特にこれというものものもなく終わるかと思った最後のところで一つ茶碗を手にとった。先生は、

これはこの値段にしては、なかなかいい

という。

僕は横にあった同じ柄のもう一つの茶碗をとって、

これは一緒にあるのがいい

といった。

その茶碗はおそらく夫婦茶碗で、夫のほうが紺の椿と淡い青の椿の組み合わせ、婦のほうは朱の椿と淡い青の椿の組み合わせで、中にも一つ椿が描き入れられている。

僕はなにも買わなくてよいと思っていたのに最後の最後でやきもの市に負けて野口英世を一枚渡してしまった。

 

 

宝石のことを色々教えてもらいました。

その人に頼んで、ひとつ貰ったらよかったんじゃない。

ああいうものは買う前が一番美しいですから。それに人にあげるのはいいとして、身につけるということもないですからね、女性ならまだしも。

Iさんは何か買ったみたいでしたね。Iさん金を持っていることを自慢に思っているらしい、今日も何十万とするような石を買っていたしね。あの人、前もいいましたが、躁鬱病で、鬱のときは家にひきこもって、躁のとき喫茶店にくるらしい。今は空海の本を読んでいて、一時間おきくらいに電話がきた。新しい文字をつくったとかいって。それで電話をなくしたって嘘をついた。

ええ、電話をなくしたのは嘘だったんですか。いくら金をもっていてもあれじゃあちょっと・・・哀れに思います。誰も相手にしていないような・・・

ままさんも結局相手にしていないしねえ、けどままさんはああやって毎日他人の相手をして大変だなあ。

カウンターは席料をとればいいんじゃないですかね。

Iさんは私立の医大出身だけど、K高校をほとんど主席で卒業して、T大も確実というほど勉強のできる人だったようだけど。

はあ、まあどうであれ僕は勘弁してほしいです。心が健常じゃなければなにも意味がない・・・

貧乏人の幸せというやつかな。

 

僕と先生はそば屋に向かった。

 

 

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