きつねの音楽話

老人性古本症候群を患った若者の徘徊ブログ

モーツァルト作曲ピアノソナタ第16番 ハ長調 K.545を分析して聴く

このところモーツァルトばかり聴いていて、ピアノを弾くにもモーツァルトのソナタばかり弾いています。

第13番変ロ長調の第三楽章を自分勝手にしあげて、結構面白かったんで、ブログで紹介しようと思ったんですが、あまり知られていない曲ですから、いきなりこれをというのもどうか。

 

これまでにもいくつかのソナタをとりあげました

 

fuchssama.hatenablog.com

 

fuchssama.hatenablog.com

 

が、ソナタの一部をかなり、なんというか斜にみたものばかりでしたから、一度真正面から取り上げるのもいいかもしれないと思い、おそらくは「トルコ行進曲つき」に勝るとも劣らぬ知名度を誇る、というと大げさですが、まあ結構有名な第16番をとりあげて、読者さまと楽しもうというわけです。

 

 モーツァルト作曲 ピアノソナタ 第16番 ハ長調を聴く

記事の題には”分析”と書きましたが、普通いう分析や、あるいはよくあるような”評論”というものではなく、実際はもっと微妙なところを行くつもりです。

和音の分析などは作曲や編曲を志す人、もしくは僕のような”趣味の音楽”の道を行く人には有益かもしれませんが、まあ普通は必要ないし、大体が説明してわかるものでもありません。

また評すると個人の感じ方や考え方が強くでますが、あまりに個人的な評、感想といってもよいですが、これは時には他の人の鑑賞に害を及ぼす可能性すらあります。

 

ただ、和音の分析やら楽式やらを一切除くと書くことは相当限られてくるし、個人的な感想をすべて除いてもそれまた味気ない。

というわけで、このブログの主旨である”よりよい鑑賞”につながると思われる要素をよい具合で配合し、すり潰し、あるいは煎じて、そして湯に煮出して提供しようというわけです。

ちょっと何をいっているのかわかりませんが、何をいっているかは以下書くことでわかりましょう。・・・まあ、伝わるように書くつもりではあります。

 ピアノソナタ 第16番 ハ長調

モーツァルトの「全自作品目録」によると1788年6月26日の日付がつけられています。

モーツァルトが亡くなるのが91年ですから、後期の作品です。

題は「Eine Klavier Sonate für Anfänger」で、つまり"for beginners"、初心者のためのクラヴィーア・ソナタです。

モーツァルトがどういうわけで”初心者のための”なんていう題をつけたのか、僕の知るところではありませんが、そういう名前を持っていながら簡単なものではありません。

ピアノを習うと必ず弾く曲のようで、僕も一番はじめに弾いたモーツァルトのソナタがこの曲でした。

 

 参考盤

ヘブラー/モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集(Amazon)

確か前の記事でも紹介したCD。ヘブラーの録音は旧と新で比較されるが(これは新しいほう)、僕はこの新盤を聴いて天才の努力、あるいは努力の天才というのはこういうものかと思った。天才が一生かけてたどりつく境地をみる。

 

 

第一楽章

この楽章はソナタ形式です。

ソナタ形式については『ソナタ形式の解説』と『ベートーベン ピアノソナタ第10番を聴く』で詳しく書きました。

読んでいないかたはざっと読むことをおすすめします。

提示部‐第一主題部

・主題1-1

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左手(下段)のドソミソドソミソという伴奏の形は一般にアルベルティ・バス(Alberti Bass)と呼ばれるもので、モーツァルトやベートーヴェンの音楽で重要なものです。

この部分の和音はかすかに”ゆれる”程度で、無駄のない引き締まったものです。

左手の低音がほとんどドから動かず、また動いても一音だけなのをみればわかりましょう。

 

アルベルティ・バスは全くの伴奏ですから、音楽の中心は右手にあります。

しかしこの主題は骨組みに簡単な修飾をほどこしただけの簡潔なもので、強い性格をもっていないように思われます。

強い性格を持っていない簡素で無駄のない、というのがこの主題の性格といえるかもしれません。

※音楽の骨組みというのが理論上存在する。この場合はドーーシード(休符)ラーソーソファミという様に単純化できる。骨組みは特に変奏曲を考える上で重要になる。

 

・主題1-2

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 この部分はオクターブあがって(例ラから上のラへ)、そしてさがって元の一音下にたどりつくというのを全く同じように四回繰り返すもので、ただそれだけなのですが、

それだけで美しくなるというのは考えると面白いことです。

もちろん音階をむやみにならべるだけでは曲になりません。

モーツァルトの天才的な平衡感覚によってたくみに配置されているのでしょう。

ひとついえば、前後関係というのは注目すべきものです。主題1-1の後にくるというのが主題1-2の性格を決定づけているところがあります。

それからもちろん演奏者のモーツァルトにかける想いがただの音階を美しい音楽にかえているところもありましょう。

 

・主題1-3

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終止をつくって第二主題(ト長調)へ移行する部分です。音のかたち(というか流れ)は主題1-2を倣っていますね。

決定的なのが、2小節目の左手の最後の音ファ♯で、一応ト長調のⅠで終止しているとみられます。

ト長調の要素はそのファ♯一音で、しかも短い間しか鳴らされない弱い音ですが、そのあとソの音を執拗に繰り返しています。

 

この終止の最後の部分、和音は三つともト長調のⅠですが、その配置をわざわざ換えています。一旦高いところへあげておいて、低いところへ落ち着けるというのはよくあるやりかたで、マナーのひとつです。

逆に最後高い音で終わらせるというのは多くありません。なくはないですが(例ソナタ第12番第三楽章など)、あっても曲の途中で、最後は低いところに落ち着くのがほとんどでしょう。

 

ソナタ第12番ヘ長調の第三楽章前半部の終止

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そのことについては『音楽をより楽しむための”音感”の鍛え方。』でも書きました。

提示部‐第二主題部

・主題2-1

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第二主題は左手に導かれて登場します。

ここも、全く同じ形を二度くりかえすだけですが、非常に美しいです。

和音もまたⅠ(の転回形)とⅤの交代だけです。

 

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左手始めのこの部分は和音がかわっているのではなく、単に”ゆれている”だけで、その細かいゆれが効果を発揮しているところです。

どう弾かれるかにもよりましょうが、細かく音が交代する(特に半音や一音)と一種装飾効果があり、ここでもその感じがあります。

主題1のほうはAllegroながら穏やかで気品のある感じがしますが、主題1-3からは左手の音が細かくなって、活発で、滑稽な感じさえします。

右手はあくまで品よく(品のよすぎて気取っていると感じられるかもしれない)、それらが絶妙なバランスを保っています。

 

上のアルベルティ・バスについても書きましたが、こういう全く伴奏に尽くしている形は性格がかなり弱くなりますから右手が歌っている間、左手は静かにしています。

右手が歌い終わると同時に左手が自己主張します。

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シレシレと繰り返していたのが、ドシラシドシドラシと変るだけで一気にキャラクターが強まるのがわかります。

 

・主題2-2

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分散和音が繰り返されます。

和音が半小節ごとに規則ただしく変っていきますが、こういうのを反復進行(英sequence 独Sequenz)といいます。反復進行については『バッハのシンフォニア第11番を聴く』等でも触れました。

反復進行には色々な型があって書き尽くすことができないのですが、普通同じ形の楽句が音の高さを順に規則正しく変えて複数回繰り返されることをいいます。

 

この反復進行の場合、左手の分散和音の上行、その反行(楽譜右手左の黄)、そして右手右の黄の形の三つの形で出来ています。

 

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ここは対話的なところで、ここまで主に右手の伴奏に徹してきた左手が右手と対等にやりとりしています。

 

こういう(和声的な)反復進行はなにか”感情のグラデーション”ともいうべき効果があります。

 

・主題2-3

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終結部

モーツァルトの典型的な終結法です。

始め二小節は左手をみればわかるとおり同じ和音(ト長調のⅡ)が継続しています。

そのあとはⅠ(の転回形)-Ⅴ7という和音でこのⅡ-Ⅴ-Ⅰというのが、全終止(強い終止)を作るためのもっとも基本的な形です。また調の判定の手がかりにもなります。

 

旋律の形はⅡのほうは派手に修飾、装飾されていますが、小さく書かれている装飾音は主題2-1で書いた装飾(短い音符の交代)の本来のあり方です。

Ⅴ-Ⅰ上の旋律はハ長調でいうと、ソーーーファミレド ミレミレミレ・・・ドレドーという形で、モーツァルトの音楽でよくみるものです。

 

Ⅱの左手は一応ギャラント様式(gallant style 艶美様式)的と見られましょう。

ギャラント様式というのはロココ音楽(モーツァルトの音楽と考えてよい)の代表的な様式で、派手な装飾のある軽く華麗な音楽です。

 

例えばディベルティメントニ長調K.136

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ここではほんの一部分に使われているだけなので別にギャラントだとわざわざ判定するほどでもないかもしれませんが、こういう同音を繰り返す伴奏はギャラント様式の典型です。

その後の左手の形は本当に多くの曲でみられる形ですが、Allegro楽章で使われるとこれもまた主題2-1で書いたのに似た効果がでます。

 

・主題2-4

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和声上は主題2-3で終止(ト長調)して終わっているのですが、最後に念を押す部分です。こういう付け足しはよくあります。

ここでも同じ形が二度(二度目はオクターヴ下)繰り返されます。

この形は次の展開部でつかわれます。

 

最後主題1-3の終止と同じ様に、一度終わったものをまず上げて、そして下ろしています。

展開部

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ト短調に転調します。モチーフは主題2-4

始めの音は三音ともソで、シ♭というト短調の決め手の音は入っていないのですが、音楽と演奏者の頭はもうト短調なので、ト短調のソがなります。・・・というとちょっとおかしいのですが、みなさんの耳にはどう聞こえるでしょうか。

 

その後音階が続きます。

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これは主題1-2,1-3からとられたとみることもできましょう。

そしてニ短調へ

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全く同じ形が繰り返されますが、主題1-2,1-3からとられたモチーフは右手と左手の担当が逆になります。

その後そのモチーフを使った反復進行(イ短調)が続きます。

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この反復進行は右手を左手が模倣しています。こういうのを模倣反復進行といいますが、反復進行は模倣を伴うことが多いです。

ここでも主題2-2と同じく右手と左手が対等に対話しています。

そして展開部の終わり、ここも同じモチーフが使われています。

再現部‐第一主題部

・主題1-1

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通常ソナタ形式では第一主題が主調、つまりこの場合はハ長調で再現されますが、この曲は下属調(ヘ長調)で再現されます。まあ、珍しいといってよいと思います。

 

・主題1-2

興味深いのがその後で、途中までは提示部をヘ長調に移しただけなのですが、主題1-2が拡大されてオクターブ上昇して下降する形が左手に移ります。

そしてヘ長調で終止するかと思いきや、シのナチュラル(黄をつけたところ)でハ長調が見え始め、提示部と同じ形に戻り(楽譜黄線)、全く同じようにハ長調のⅤで終止します。

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これについてはニューグローヴにも記述があります。

 

...the popular sonata 'for beginners' K545. Its first movement includes Mozart's only true example (中略) of a recapitulation beginning in the subdominant; it is not, however, merely a transposed version of the exposition, for in order to fix the home key more firmly the transition moves on to the dominant before settling in the tonic. Even in conventionally planned sonata movements Mozart was inclined to adjust the recapitulation transition in order to consolidate the tonic.

subdominant 下属音

consolidate 堅固にする、強化する

※黄線は僕によるもの

 

・主題2-1

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提示部と全く同じ形がハ長調で再現されます。

 

・主題2-2

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形は全く同じですが、途中オクターヴ上に上がります。

これはそのまま続けるとかなり低い音になってしまうからで、この移動は(再現部における)音域調整というのが本来の目的ですが、実際はある種の美的効果があるように思われます。

これはもちろんモーツァルトの腕のよさによるものでしょう。

 

例 ソナタ第13番第一楽章の再現部の第二主題におけるオクターブ上昇

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この曲ではそのままいくと音域がやや低くなってしまうことを逆手にとって、オクターヴ移動を効果的に多用している。

 

・主題2-3

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今度は提示部と同じ形にすると高くなりすぎるため、別の形をとっています。

黄の部分がそうで、和音もより緊張度の高いもの(ト長調のⅤ減七の借用)になっています。

 

終結部は提示部と似た形ですが、最後ドの音がより強調されています。

楽章の一番最後の音というのは上に書いた通り、普通低めの音が選ばれます。・・・というよりは高い音で終わることが少ないといったほうがあっているかもしれません。

あとがき

本当は第二楽章、第三楽章も一篇に書くつもりだったのですが、長くなりすぎるのでやめておきます。続きはあるかもしれないし、ないかもしれません。

 

上に挙げた12番の三楽章などのように大型のソナタ形式と比べると、この曲はすっきりしたやや小型のソナタ形式で(三楽章もかなり短い)、そう考えると「初心者のための」というのも納得できる部分があるかもしれません。

主題1-1(第一主題)も主題2-1(第二主題)も極めて簡潔な和音の上になりたっていますが、この楽章は全体的にみても簡潔であるといえます。

旋律はほとんどが音階か、分散和音でなっています。またリズムも単純なものです。

(モーツァルトは)素朴な素材からでも非常に美しい曲をつくることができるわけです。

 

始めに書いた主旨どおりに書けたかどうか知りませんが、こういう視点もあるんだなあということは伝えられるんじゃないかと思います。

まああくまで僕の視点ですからみなさんこう聴いてくださいとおしつけるものでもないのですが、ちょっと細かいところに注目すると音楽がぐっと面白くなると僕は思います。

みなさんもよく注目して聴けばここに書いたこと以外に発見することがありましょう。

ちょっとした、しかし重要な発見をするのも音楽を聴く楽しみのひとつです。