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きつねの音楽話

老人性古本症候群を患った若者の徘徊ブログ

【動画・解説付】美しい旋律は”知る”ことでもっと美しくなる!ベートーベンのロマンスを聴く

美しい旋律の定義は何かというと、それは非常に難しい問題ですが、それぞれの旋律の特徴を知ってその音楽を最大限楽しむというのであれば、できるように思えますしやってみる価値はありそうです。

 

それに美しい旋律に親しむことは演奏や作曲にも、おそらくいい影響を与えるだろうと思われます。

 

今回はベートーベンの曲の主に旋律についてみてみます。

ベートーベンはふつう旋律の美しさが問題になる作曲家ではありませんが、旋律のありかたをみるのにちょっと面白い二作品がありますから、それらを比べてみます。

 

 

美しい旋律を観察する

(基本的に今までに書いたことのある内容は既知のものとして書きますから、わからなければ前回の記事↓等を参考にしてください。)

fuchssama.hatenablog.com

 

ベートーベンのロマンス

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ロマンスはもともとロマンス語で書かれた物語のことですが、

ここでは抒情的な内容を持った歌曲、そして器楽曲のことです。

ベートベンのロマンスの成立については余談がありますが、ここでは省略します。

 今回の曲

ベートーベンのロマンスは上に書いたとおり二曲あって、同じ構成と形式を持っています。

どちらもヴァイオリンがソロ楽器で、オーケストラの伴奏がつきます。

そして同じ主題が何度かかえってきますからロンド形式のようです。

 主題を聴いてみる

とりあえず冒頭を聴いてみましょう。

 

第一番 

演奏はシェリング 

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Henryk Szeryng plays Beethoven Violin Romance No.1, Op.40

 

第二番

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Henryk Szeryng plays Beethoven Violin Romance No.2, Op.50

 

シェリングのヴァイオリンがちょっとずば抜けているので、それが大きいですが、どちらも本当に美しいものです。

 

 

 

冒頭をきいてまずはっきり言えることは、

  • 第一番は明らかに重音の効果を狙っている
  • 第二番は少し装飾が多い

位でしょうか。

次にもう少し詳しくつくりをみてみます。

第一番

冒頭いきなり伴奏無しの重音で始まり、フレーズの終りまで続きます。

楽譜をみると旋律が一拍目ではなく三拍目から始まっているのがわかります。

これは弱起(アオフタクト,Auftakt)というもので、一拍目以外から始まるものは皆弱起です。アオフタクトというのはドイツ語で、アオフはアップ、タクトは指揮棒ですから、指揮棒を上にあげる拍というのがもとの意味のようです。

 

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(細かくみるといくらでも解説できるのですが、注目すると面白いと思われるところをあげます。)

 

まず楽譜一番左の黄色の部分ですが、低音のミに対して、旋律のレが七度(不協和音)をつくっています。

これは”倚音(いおん)”などというもので、例の掛留と違っていきなりぶつかる音をあてます。

倚音があることによって旋律が緊張します。

 

次に旋律がシーシーシーと続きますが、この単純な旋律が、低音のレ♯ラソという動きによって、表情豊かになっているのがわかると思います。(少し難しいことをいうと”レ♯”と”ラ”は限定進行音でレ♯は”ミ”にラは”ソ”に解決しています。)

和声の音楽はどれもそうですが、旋律がもともともっているものに、和声の力が加わって旋律全体の能力というべきものが決まります

 

レード♯ーレーで和声的にみてフレーズは終わっていますが、やや半音階的な動きで次につなげています。

 

 

その後オーケストラが主題を全く同じように奏しヴァイオリンが新たな主題を提示します。

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始めと終わりはその前と同じように ”つなぎ”の部分です。

旋律は綺麗に下降していき、ソ―ソ♯ーラーときて急に”ミ”と上がります。そして休符が入ります。

このミと休符が絶大の効果があるもので、間といえば日本の専売特許ですが、西洋音楽にもたまにこういう”無限の間”とも称すべき妙な時間が現れます。

 

例えばバッハのパルティータの四番のサラバンド


JS Bach - Keyboard Partita No 4 in D Major, BWV 828 - 5. Sarabande

 

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この黄でぬった”ラ”が鳴り響いている間、ただ二分音符のラ以上のものを感じます。

 第二番

 第二番は楽器を演奏しない方にとっては珍しいであろう記号があります。

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左上の

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はターンといって、

この場合だとファにソファミファと装飾します。

これがあることによってただファーーラーとするより旋律に滑らかさがでます。ターンは概して音が上昇し、またとぶときに使われて、音に滑らかさと、とぶ力を与えます。

 

ターンの右の黄の部分は例の”倚音”で、バスの”シ♭”に対して”ラ”をあてています。

 

そのあと小さい音符は前打音といって、この場合極めて短く入れられます。

これは旋律に独特の美しさを与えます。

これは純粋の旋律美化のための装飾音でしょう。

 

後半はこちらも半音階的な旋律ですが、ソロの下のVioloneⅠをみてください。じつはこれはソロヴァイオリンと全く同じ旋律なのですが、ソロのほうは装飾されています。

第一番は和声的な味付けによって単純な旋律に豊かな情感を与えていましたが、こちらは単純な旋律を装飾することによって美しい効果をあげていることがわかります。

 

 

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このトリル(tr)も装飾的効果を狙ったものでしょう。そしてまたターンがみられます。

 

左下と中程バスが休みになっているのがわかります。特に左側はビオラもかなり高い音を弾いていますから、ソロのファミファがなにかすこしうわついた、というと悪い表現ですが、軽く際立ったものになっています。中程のほうはビオラが下がって大きな効果をあげているのがわかります。

こう聴くと伴奏の形が旋律の印象に大きく影響していることがわかります。

 

右側の色をつけた部分ですが、バスをみるとファが鳴っていて、ヘ長調の主和音(ファラド)に終止したことがわかります。しかしソロヴァイオリンはソードミファとファに入るまで暫くくすぶっています(他のパートも)。

これは”主音上のⅤ”などと呼ばれるもので、Ⅴというのはこの場合ドミソの和音のことですが、これまたほっとため息をつく前に大きく息を吸い込むかのような独特の効果があります。

主音上のⅤは曲の最後に多くみられ、即興的に入れることもあります。

 

例えばグールドのバッハのシンフォニア4番

最後を聴いてみてください。


Bach- Sinfonia Nr. 4 in Re minore - BWV 790 -Glenn Gould-

 

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最後レで終わる所をミとド♯でのばして解決を延ばしています。

 

 

各曲の旋律のつくりは大体こういう感じなわけです。

曲はロンド形式ですから、これらの曲の場合、あと二回主題が奏されます。

主題の回帰1

第一番 動画3:13-

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 旋律は全く同じですが、低音が八分音符で細かく動きます。

黄色をつけたふたつのファ♮が色味を増していますが、和声の内容も殆ど同じです。

つまり、旋律や和音はそのままですが、低音が細かく刻むことによって時間的の要素を変えて冒頭と違う効果をあげています

冒頭よりも活力がありますよね。

 

問題の”間”の部分ですが、楽譜をみると低音でド♯がはさまって実質休符がなくなっていますが、音楽的の”間”は消えていないのがわかります。(消えていないどころか、これは演奏の問題ですが、ミとド♯の間に”ブレス(息継ぎ)”が入っています。)

 第二番 動画3:32-

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こちらも旋律自体は全く変わっていませんが、バス以外の伴奏が拍の裏を打って冒頭と違う印象を与えています。

後半は殆ど同じですね。

主題の回帰2

第一番 動画6:23-

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旋律が1オクターブ上で単旋律になり、伴奏ががっちりはいっています。(ソロの上はホルン)

ターンがいくつかみられ、黄でぬった部分は大きく変奏されています。

二つ目の画像の左のシレ♯ファ・・・の所なんか劇的でベートーベンらしいところですね笑

 

三つ目の画像のソファソファソファソソ♯というところは僕は旋律としてはどうなのかと思ってしまうのですが(笑)、ベートーベンはよくこういう感じの旋律がでてきますね。

第二番 動画7:00-

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伴奏が八分音符で刻んで、なにか喜びが滲みでてくるような、そんな効果がありますね。

旋律も黄で塗った部分は大きく変奏されています。

 

後半は旋律は同じですが、伴奏にオーボエファゴットが加わり大きく変っています。

最後だけちょっと違って、主音上のⅤがなくなりすぐに解決していますね。

ねらい

こうみるとまあ色々工夫してあるのがわかるわけですが、僕は別にベートーベンがいかに凄いか、ということを説明したいのではありません。

こうして詳しくみてみると、前回も同じことですが、音楽の聴こえ方が全然変ってくるのです。

簡単にいえばより楽しめるようになる。

 

 

 まあというわけで、説明を読んだあともう一度聴いてみてください。

上に戻る手間を省くために↓に同じものを張っておきます。

 


Henryk Szeryng plays Beethoven Violin Romance No.1, Op.40

 


Henryk Szeryng plays Beethoven Violin Romance No.2, Op.50

 

 いや、しかしシェリングの演奏は本当にすばらしいものですね。

曲に対する個人的な見解は避けたいところですが、なんというかベートーベンの誠実さとでもいうべきものがシェリングの演奏と相まってひしひしと伝わってきます。

シェリングのベートーベンの協奏曲なんか本当に素晴らしいです。

 

 

これまでみてきたことで、ふたつのロマンスの旋律の共通する部分、そして異なる部分が見えてきたのではないでしょうか。

よくこの二曲は対照的なものとされますが、僕としてはただ単に対照的とも思われません。どういうところが似て、どこが異なるのか、聴いて考えてみると面白いのではないでしょうか。

また、美しい旋律は果たして何をもって美しいとするのか、その途方もない疑問に対する探究の第一歩としましょう。

 

 

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