きつねの音楽話

老人性古本症候群を患った若者の徘徊ブログ

寝ながら本を読むという根性を評価したい

今週のお題「読書の秋」

 

最近よく会いますね、Anorakです。

このブログをいつも読んでくださっているかわりもののみなさんならわかると思いますが、僕は普段まあ小難しい本ばかり読んでいます。

それに練習・勉強計画なんかたてている・・・

そうすると僕がいかにも”勤勉な”人間に見えているかもしれませんが、実は僕の実際の性質はかなり怠惰なものです。

 

寝ながら本を読む

僕が勤勉に見えているとすればそれは二つの原因があります。

まずブログを書くときには非常に精神を集中させていること。

 

このブログはいつの間にか何がテーマなのかわからないほとんど雑記に近いような有様になっていますが、まあ何にせよ、音楽のことを書くときはなんというか「音楽モード」に、エッセイを書くときは「エッセイモード」にならなければなりません。

色々書きますが、特にこの二つは集中力がいります。

何がいいたいかというと、つまりぼーっとしていると書けないのです。

 

僕にはどうも精神のたわむような時があります。

僕はそれを月の満ち欠けのようだと感じるのですが、或は本当に月の満ち欠けと関わっているのかもしれません。

僕が前に通っていた玄米食堂で月の満ち欠けについて話を聞いたことがありましたが、新月と満月の繰り返しに伴って人間の身体の性質にも変化があるという話でした。

 

●新月 これは月が全くみえない状態のことをいいますが、このときの性質としては

解毒、放出、代謝、体重減少

というように外へ出る働きが強まり、

○満月 のときは反対に

体力や筋力をつけるなど体の内に入る働きが強まる

といいます。

 

僕は月の観察が好きなのでよく見ますが、まあこの話の正否はおいておいて、秋は月の季節でもありますからたまには月でも眺めてはいかがでしょう。

 

 

話がそれましたが、

それが一つ目でした。

ぼーっとしている状態では書けないから、無理矢理集中するか、書けるようになるまで待つか。

二つ目は僕の内なる道徳律が非常に強い倫理的拘束力を持っていることです(笑)

よく勉学に励みなさいという声がどうしても聞こえてくるので、さぼっているとどうも落ち着かないのです。

 

ただそれで僕がいつも真面目に机に向かっているかといえば全くそうではなく、

そうおそらく読者様のみなさまの脳裏にはまるで書峰社書道の広告写真のごとく背筋をすっとさせて書物に向き合っている姿があるのでしょうが、

ぐんにゃりしている時のほうが多い。

 

いや、たしかに姿勢というのはいつでも大事なもので、楽器の訓練をするようになってから特に気をつけるようになりました。

勉強のときも、長時間むきあうとなるとやはり正しい姿勢というのが一番負担が少ないものです。

 

ただ僕の性質としては幼いころからぐんにゃりしていたものでした。

もう小学生のころから授業中の姿勢はこんな具合でした。

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我が授業中の姿勢

最近はてなブログで写真に題をつけられるようになりましたが、こんな風になるんですね。

 まあそれでこどものころ本を読むといえば、

勉強机もあったのですが物置と化していて、

専ら床や蒲団に座るか、寝転がりながらという格好でした。

始めは床に座り込んで読んでいたのが、体がだるくなるとうつぶせに肘をついて読み、それでまた体が痛くなると今度はつっぷすか、仰向けになって体と本の位置を逆転させて、それで手がだるくなるとまたうつぶせになったり起き上がったり・・・

 

まあ小さいころの読書というのはそんな風にというか、それで成り立っていました。

でも本腰をいれて勉強しようとするとやっぱりそうもいかなくて、英語やらドイツ語を読んだり、難しい論文なんかを読むときは書峰社スタイルを維持せねばなるまいと感ぜられて、それにやっぱり横になっていると意識がぼんやりするので、椅子に座って読むというのが普通になっていました。

 

でもそうするとぐんにゃりした僕としては、いよいよ勉強したり本を読むのが何か修行をしているという感じが強くなって、座るまでによほどの覚悟がいります。

時にはそれで気が重くなってしまうのです。

 

 

僕はたぶんこれからずっと勉学を続けるでしょうが、この気の重さがずっと続くとしたら、まあしょうがない部分はあるにせよ、そういう気の重さがないよりは生きるによくないなあと考えていました。

それで、この記事でも読書の秋にゆっくり本を読みたいなんて書きましたが、

fuchssama.hatenablog.com

久々にゆっくり気楽に本を読んでみようと思って、易しい本を選んで昼間から蒲団に横になって開いてみました。

 

いくらか読んで枕元に(枕はありませんが)本を置いて一旦部屋を離れたのですが、また戻ったときに枕元に本があるのを見て急に幼いときのことを思い出しました。

あの頃は難しいことを考えないでただ面白がって読んでいたなあ・・・

読みたいときに読みたいだけ好きな格好で読むという素晴らしい活動がいつの間にかできなくなっていました。

もっと純粋に読みたいという気持ちがあって読んでいたのが、内なる道徳律に動かされて読んでいる・・・(笑)

 

まあいつまでも子どものようにしているわけにも行きませんし、またそうできるわけでもありません。

でもいつも肩肘張って勉強やら読書していると何か心もこわばっていくような感じがする。

きっとこわばった心で向き合うより、気楽に本を楽しんだほうが得られることも多いでしょう。

全く元通りにすることはできないけれど、子どものころの気持ちを少し思い出して、もっと楽しく本と向き合えればいいなあと今度のことで思ったのでした。

 

 

・・・そう思ってこのあいだ犬と一緒にソファーで寝ながら勉強していたら見事に意識を失ったので、寝読の扱いには周到な注意が必要なようです笑