難しいベートーベンの音楽も形式を把握して聴けばこんなに面白い(ピアノソナタ第10番を聴く)
前回この記事でソナタ形式の基本的な構造について説明しました。
というわけで、まだ上の記事を読んでいない方はまず読んでからこの記事を読むことをおすすめします。
今回は前回、記事の長さとか、書くのに疲れたとかまあ色々理由があって盛り込めなかった、大規模のソナタ形式をみます。
大規模というと、ここではつまり”普通の曲”ということです。
ハイドンの作品は過渡期にあるので(というかハイドンが完成させた)、ソナタ形式の前の段階の曲があるのですが、後期の作品はソナタ形式のものがあります。
実際、多くの人にとって、僕自身も含めてですが、曲を細かく分析して聴くというのは難しいと思われます。
相当の音楽の専門的な知識、訓練が必要です。
しかし、最高レベルの分析ができなくても、大まかな構造くらいはつかんでおきたい・・・
大まかな構造を知っていることと、何も知らないのでは大違いです。
そこで、ベートーベンのソナタの構造をみながら、ベートーベン(古典派)音楽の面白さ、美しさを少しでも知ろう・・・というのが今回のテーマ(主題)です。
ベートーベン作曲 ピアノソナタ第10番ト長調第一楽章を聴く
とりあえず曲を知らない人もあろうと思いますから、
前回の記事でみたソナタ形式の構造を思い出しながら聴いてみてください。
注目したいポイント
- 提示部(二つの主題)
- 展開部(主題操作)
- 再現部(主題の再現)
提示部繰返しがあります。ピアニストはブレンデル
Brendel plays Beethoven Piano Sonata No.10, Op.14 No.2 (1/2)
ベートーベンの曲は曲調の激しいものが多いですけれど、これは比較的穏やかなものですね。
ソナタ形式の骨格をつかむ
ではまず大まかに構造を把握します。
楽譜など載せて、さらに調のことなど難しく聞こえますが、一応説明するだけなので、あまり難しく考えずざっとみてください。
1, 提示部①第一主題部
始め八小節がフレーズをつくっています。
曲の頭にくる主題は第一主題部のうちでも重要で、主要なテーマです。(普通これを第一主題という)
つづいて、別の主題が現れます。
これは第二主題ではなく、そこに向かっていく部分です。
黄をつけた部分が、ド♯になっていますが、これは前回も書いた通り、ト長調の音ではなくて、ニ長調の音です。
つまりこの部分から、曲はト長調を離れて、ニ長調(第二主題)へ向かっていくというわけです。
このように第一主題、主要なテーマを提示しおわったあとは第二主題に向けて、補足的な主題を出しながら曲が動いていきます。
こういう部分を「移行部」などと呼びます。
2, 提示部②第二主題
楽譜の三小節目から第二主題です。
第二主題部でもこの主要なテーマを提示したあと、補足的なテーマが追加されます。
ひとつがこれ(以降)
もうひとつがこれですね
これだけではわかりにくいと思うので、全体をみて確認してみます。
黄の線が一応区切りになるところです。
つまりこの曲の提示部はこういう構造になります。
1-1 第一主題(主要テーマ)
1-2 補足テーマ(移行部)
2-1 第二主題(主要テーマ)
2-2 補足テーマ
2-3 補足テーマ
前回みた小規模のソナタ形式には補足のテーマはありませんでしたね。
大規模になるとこのように主要主題の間に、補足のテーマが入ります。
前にこのふざけた題の記事で、主題の連続投入が面白いということを書きましたが、あれがつまり補足テーマなわけです。
3, 展開部
提示部が終わって展開部に入ります。
聴いてすぐに第一主題を用いた主題操作だとわかりますね。
音もほとんど同じですが、始めと違って沈んだ感じがします。その正体が黄でつけたシ♭で、ここは前回少しだけ触れた”平行調”になっているわけです。つまりト”短”調です。
そのあと主題が両手にでてきます(下の段の黄をつけたところ)。
その後第二主題の形もでてきます。
そして、黄のところからかわって、今度は左手に第一主題。
フェルマータ(画像右上黄線上のかえるの目みたいな記号)のあとまた第一主題がでてきます。
そして下のほうの黄線からまた曲調がかわります。
激しいところをぬけて、やや落ち着きます。
そして期待感を高めながら進み、下の赤線のところから再現部に入ります。
前回の曲では展開部はかなり短い物でしたが、こんな感じで複雑なものもあるわけです。
まとめるとこうなります。
※もちろん調のことはここまで細かく気にしなくてよいです。
展開5は第二主題部補足テーマ1の後半の速い部分からきているとみられるかもしれません。
五度圏でみるとこの曲はト長調ですから、展開して、変イ長調というかなり離れた調までいっていることがわかります。
4, 再現部①
第一主題が全く同じ形でもどってきます。
黄線のところから提示部と違う形が現れます。
これは第二主題の再現が主調で現れるためです。
5, 再現部②
バスが”ソ”になっていて主調(ト長調)で再現したことがわかります。
形は提示部のままです。
6, 再現部③終結部
第二主題の再現が終わった後(黄線から後)、提示部に無い部分が付け加えられています。
みると第一主題の変形したものが使われています。
このように再現部のあとには「終結部(コーダ)」というものが付け加えられることがあります。
まとめ
この曲の構造をまとめるとこのようになります。(小さくてごめんなさい)
※Ⅴ保続音はあとで説明します。
曲を味わう
細かくみておいてなんですが、こういう分析はさしあたりする必要はありません。(というか普通できません)
まとめの図のニ行目か三行目くらいまでわかればよいです。
おおまかな骨組みをつかんで、それを手掛かりにして、ちょっと音楽的に考えてみると面白くなります。
以下はそれを少しだけ試みます。
ふたつの主要主題をよく観察する
まずソナタ形式ではふたつの主題がなによりも大事なので、それをよく観察してみます。
第一主題は同じ音形がニ度繰り返され、それが高さをかえてまたニ度繰り返されるという作りになっています。左手も同じ形を繰り返していますが、左手はニ度目がオクターブ上がっていて、これは効果がありますね。
このかたちは旋律としてはどうもガタガタしていて特に美しいとはいわれないと思うのですが(笑)、そのあとに続くメロディが急に豊かに、歌らしいものになります。
第二主題も繰返しが要素になっていますね。
第二主題は優雅なものです。
その前の移行部で徐々に音が細かくなっていき、聴いた感じが急速なために、それとの対比で第二主題がより穏やかに聴こえます。
このように、第一主題の提示の後、どのように移行して第二主題にもっていくか聴いてみると面白いです。
ソナタ形式の二つの主題はおよそ違った性格をもっていて、この曲ではそこまで差はありませんが、もっと差が大きく対立するようなものも多いです。
ある曲の主題がどういう性格なのかということは、ある程度曲を聴いて主題を知らないとわからないので、曲を聴くときにその主題がどういう性格をもっているか、ということに注目してみるとよいと思います。
主題操作に注目
展開部は上でみたように主題操作でなりたっているわけですが、主題がどのように展開されていくか、ということも聴きどころです。
ベートーベンは主題操作の達人で、ここまで徹底している人はあまりありません。
実は第二主題さえもどうやら第一主題から作られているらしい・・・
この黄の部分がモティーフでしょう。
主題がどのように再現されるか
上のまとめの図で「Ⅴ保続音」というのがありました。
これはやや難しいことですが、楽譜をみると、この展開部の後半からバスがずっと”レ”であることがわかります。
このレは”ソ”に戻ろうとする強い力があって、この部分は再現部にむけて盛り上がりをつくっています。
※『クラシック音楽が面白くなる7つのポイント!バッハのシンフォニア第11番を聴く』でも保続音について触れました。
まあ、保続音だなんだとわかる必要もないんですが、どのように第一主題に戻っていくかというところに注目するといいわけです。
展開部を経て再現される第一主題は、はじめと形は同じでも持つ”意味”が違う・・・
そして、第一主題のあと第二主題が主調で再現されるわけですが、それがどのように再現されるかというのも面白いところです。
主調で再現されるということは提示部のときとはもちろん音の高さが違うわけです。
そうすると”全くそのまま”再現するわけにはいきません。
どうやら作曲家は提示部からつくるらしく、再現部はなんというか音楽にひずみが生じます。そのひずみをどう処理しているか、どう魅力的にしているかというところがまた注目すべきところです。
この曲はそこについてはあまり工夫がないようにみえます。
ソナタ形式の例外
今回みた曲は典型的なソナタ形式でした。
中にはこの典型に沿わない例外的なものもあります。例えば序奏がつくものなど。
今回はそれについてはふれませんが、例外がある、ということは頭に入れておくとよいと思われます。
また機会があればとりあげます。
おわりに
今回は前回とりあげられなかった大規模のソナタ形式について書きました。
説明を読んだらもう一度聴いてみてください。
大まかな形を把握できるだけで随分聴いた印象がかわってくると思います。
ベートーベンなんか何も知らないで聴くと、果たして今なにをやっているんだろう、と迷子になると思いますが、このくらい把握できれば楽しめるんじゃないでしょうか。
(形式はソナタ形式だけではないし、自分の力だけで分析するのはなかなか難しいかもしれませんが)
この記事を読んですこしでもベートーベンが面白いと感じてくれたならよいのですけれど・・・
今回はこのくらいにしましょう、ではさようなら。